会場風景
上野の森美術館で「五大浮世絵師展 歌麿 写楽 北斎 広重 国芳」が開催される。会期は5月27日〜7月6日。
喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳という、まさに浮世絵の“顔”とも言える絵師たちを一堂に紹介する本展。約140点の作品が展示され、江戸後期における視覚文化の多様性と到達点を浮かび上がらせる。
展覧会の構成は、5章仕立て。各章ではひとりの絵師に焦点を当て、その代表作や特徴的な作品が紹介されている。
まず登場するのは喜多川歌麿。美人画の頂点を極めた第一人者として知られ、本展では市中の看板娘をモデルにし当時人気を博した作品など、印象的な美人画が並ぶ。すれっからしを意味する「ばくれん」と呼ばれる女性がグラスで酒を勢いよくあおる姿や、金太郎に乳を含ませる山姥、子供たちの様子を微笑ましく見つめる母親など、描かれた人物のストーリーを想起させる、豊かな表現が見どころだ。
歌麿は現在NHKで放送中の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の主人公である蔦屋重三郎(蔦重)がその才能を見出した絵師としてもよく知られるが、蔦重との関わりが深いもうひとりの絵師、東洲斎写楽が次に続く。
写楽は寛政6(1794)年5月から翌年の1月までの10ヶ月間に約145点の錦絵を残したものの、その経歴の記録がほとんど残っていない「謎の絵師」だ。
今回は写楽作品のなかでもとくに評価が高い役者大首絵が多数展示される貴重な機会となっている。写楽といえば、人物の理想化や定型化を大きく逸脱し、各人の個性を強烈にデフォルメした作風で知られる。たとえば本展で展示されているふたりの女方を比べるだけでも、それぞれまったく違う個性と魅力が描き分けられていることがわかるだろう。
稀品である相撲絵の大童山土入りの三枚続にも注目だ。
続く葛飾北斎の章では、誰もが知る「冨嶽三十六景」をはじめとする風景画の傑作が並ぶ。90歳で没するまで、たびたび名を変えながら描き続けた北斎だが、70歳を越えたあたりからその色彩表現の豊かさが格段と際立つようになる。こうした変化も見逃せない。
北斎と、同時代にしのぎを削った歌川広重とを比較してみるのも面白いだろう。「東海道五拾三次之内」シリーズは、当時の旅ブームと相俟って大ベストセラーとなった。
同シリーズのなかの《蒲原 夜之雪》はしんしんと雪がふる「静」の世界、《庄野 白雨》は夕立に襲われた旅人が慌てる姿を描いた「動」の世界を描き取り、両作の左右対照的な構図と相まって粋な対比を生み出している。
各地の名所を描いた「名所絵」も得意としており、「名所江戸百景」は晩年の傑作として名高い。当時は江戸に西洋の知識も入ってきた頃で、横長の画面も試みられるなか、広重はあえて縦長の画面における空間表現に挑戦した。《名所江戸百景 水道橋駿河台》はまるでドローン撮影のような鳥瞰図的な視点を持ちながら、手前に鯉のぼりを配置することでその背後の奥行きを描きだすという異質な構図が目をひく。
山本野理子(本展図録執筆・川崎浮世絵ギャラリー学芸員)は、「名所江戸百景は、以前の作品に比べると画風がかなり変わったと思われると思います。これは浮世絵師の宿命です。つねに庶民が欲しがっているものは何かと考え、新しいことを試していく」と語る。
最後に登場するのが「武者絵」で知られる歌川国芳。ユーモアとスペクタクルに溢れた迫力満点の画面は現在でも人気が高い。国芳が描いた登場人物は身体に様々な彫り物を入れていることが特徴で、当時の市中の人々に彫り物ブームを起こした、と山本。
猫好きでも知られる国芳作品は、猫をはじめとする様々な動物や怪物など魅力的なキャラクターを画面に登場させ、劇的な構図に配置することで、人々を画面のなかの世界に引き込んだのだろう。
このように、ひとことで「浮世絵」と言っても、スタイルや主題、表現方法などがじつに多様であることが本展を見ればわかるだろう。江戸時代の庶民に愛された、当時最先端の視覚文化に、上野で触れてみてはいかがだろうか。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)