もうひとりの、知られざる「黒の画家」。アンドレ・マルファンの日本初個展を読み解く(文:新畑泰秀)

銀座にあるセイソン&ベネティエールにて、アンドレ・マルファンの日本初個展「水墨画(1960年代〜1980年代)」が開催中。会期は3月21日まで(構成:灰咲光那)

アンドレ・マルファン 画像提供:セイソン&ベネティエール

銀座で出会う、もうひとりの「黒の画家」

ときに大胆、ときに精細な黒の筆触が紙の支持体を縦横無尽に駆け巡る様は、偶然に任せて描かれたように見える。しかし画面を丁寧に見てみると、画家が試行錯誤の末に、様々な技法を駆使して慎重に構成を行なった過程が立ち現れてくる。モノクローム、なかでも「黒」の表現の可能性を生涯追い求めた「もうひとりの」抒情的抽象の画家、アンドレ・マルファンの日本初個展「水墨画(1960年代〜1980年代)」が、東京・銀座のセイソン&ベネティエールで開催されている。

アンドレ・マルファン 画像提供:セイソン&ベネティエール

戦後間もないフランスで黒の可能性を追求した画家としては、ピエール・スーラージュの存在があまりにも大きい。また、水墨を熟知してその技法と特質を西洋画に展開した中国出身のザオ・ウーキー、そして日本出身の堂本尚郎の存在があり、彼らに比肩する画家の存在は少ない。類似した様式を試みた画家の多くはその亜流とみなされることが多かったのではないか。本展は戦後フランスの「抒情的抽象」の時代に現れたもうひとりの「黒の画家」の画業をたどる試みだ。

アンドレ・マルファンの止まることなく「黒」の表現の可能性を探究し続けた画業と作品は、ほかの画家と明らかに一線を画している。黒の濃淡、筆跡、掠れ、墨を散らす潑墨等々、それら多様な技法による表現をいかに効果的に配し、空間を創造するかの試行錯誤が長い時間をかけて試みられてきた。その足跡の一端をこの展覧会で見ることができる。

アンドレ・マルファン「水墨画(1960年代〜1980年代)」会場風景 画像提供:セイソン&ベネティエール © Sakamoto Osamu

会場となるセイソン&ベネティエールは2006年にフランスのサン=テティエンヌに設立された現代美術ギャラリーの東京ブランチ。創業のメンバーは、フランソワ・セイソンとロイック・ベネティエールで、さらにフランソワの父親であるベルナール・セイソンがアドバイザーとして参加した。ベルナールは1987年からサン=テティエンヌ近代美術館の館長を務め、かつてはポンピドゥー・センター国立近代美術館でも要職を歴任した人物。ロイックとフランソワは幼少期から親交があったという。彼らの画廊が中心に据えるのは、1960年代末から70年代初頭のフランスで興った前衛美術運動シュポール/シュルファス。ベルナール・セイソン自身がこの運動の創始者たちと親しく、熱烈な擁護者であったことから、ギャラリー創設の理念もこの運動に関わる作家たちを再評価することに据えられた。1991年にはサン=テティエンヌ近代美術館でシュポール=シュルファスに関わる展覧会が開催された。また、程なくして日本では、1993年に「1970年・南仏—パリ シュポール/シュルファス展」がベルナールらの尽力により埼玉県立近代美術館ほかで開催されている。

セイソン&ベネティエールは、これまでにパリ、リヨン、ルクセンブルク、ニューヨーク、ジュネーヴなどに活動の拠点を広げ、2025年5月には東銀座にアジア初進出となる支店をオープンした。ここでの展覧会もシュポール/シュルファスの紹介から幕を開けたが、このたびの展覧会では、アンドレ・マルファンを紹介している。近年はシュポール=シュルファスより先行するフランスの戦後前衛美術に目を向けており、アンドレ・マルファンはその過程で再発掘された画家であるという。この展覧会はパリの本店とほかの支店に先駆けて行われるとのことだ。キャリアのある画家だが、これまで本邦においては紹介されることは稀で、その存在を知る人は極めて少ないのではないか。

アンドレ・マルファン「水墨画(1960年代〜1980年代)」会場風景 画像提供:セイソン&ベネティエール © Sakamoto Osamu

展覧会は、アンドレ・マルファンによる未発表作品で構成されている。いずれも遺族のもとに大切に保管されていた、1950年代から1980年代にかけての約30年にわたる期間に制作された紙作品である。これまで一度も公開されたことのない作品群であり、マルファンの表現の変遷を見ることができる。

アンドレ・マルファン「水墨画(1960年代〜1980年代)」会場風景 画像提供:セイソン&ベネティエール © Sakamoto Osamu