会場風景より、「茅ヶ崎市美術館」 設計:山口 洋一郎 撮影:松永勉
美術館建築に焦点を当てた展覧会「美術館建築 ― アートと建築が包み合うとき」が、神奈川の茅ヶ崎市美術館で開催されている。会期は6月8日まで。
地域に根ざした建築設計で知られる山口洋一郎の設計により、1998年に開館した茅ヶ崎市美術館。鳥が翼を広げたような大屋根や、ブルーグレーの展示室などが特徴だ。同館を舞台に行われる本展では、場の特性を活かす“サイト・スペシフィックな芸術”として、茅ヶ崎市美術館をはじめ、内藤廣「島根県芸術文化センター」、坂 茂「下瀬美術館」、三分一博志「犬島精錬所美術館」、西沢立衛「豊島美術館」という5つの美術館建築をメインに取り上げる。
会場では、模型や設計図面に加え、初期のアイデアスケッチ、建築素材、実験過程がわかる映像資料など、多様な建築資料約250点を展示。それぞれの建築が、なぜその場所に、どのようにして生まれたのか。建築家の思考をたどるとともに、その場所にその美術館がある意味を探っていく。それぞれの地域でなければ成り立たない建築であり、またその美術館があることが地域にも影響をおよぼしているような美術館がセレクトされているという。
展覧会はプロローグとエピローグを含む全6章から構成。プロローグでは、2022年に「第66回岸田國士戯曲賞」を受賞した劇作家・山本卓卓による書き下ろしの詩集『空間の詩』を公開する。山本は本展のために茅ヶ崎に滞在し、建築家や街の人々、場所との出会いをもとに、本を手にした人が空間に思いめぐらせながら詩を創出していく新たな詩集を制作した。
第1章では「地域を考える美術館」として茅ヶ崎市美術館を取り上げる。設計当初の提案図面や影響を受けた書籍など、設計を手がけた山口洋一郎本人の言葉とともに、同館の成り立ちを知ることができる。
第2章では、「その地の素材や技術を活かす美術館」として、建物全体が石見地方特産の石州瓦で覆われ、玉虫色に輝く「島根県芸術文化センター」(設計:内藤廣)と、広島の造船技術を活用した8つの可動展示室を中心に、所蔵作品から着想を得たエミール・ガレの庭などを一体として構成した「下瀬美術館」(設計:坂 茂)に光を当てる。
会場では、島根県芸術文化センターで使われている特注の金具で取り付けられた石州瓦の壁面モックアップを展示しているほか、下瀬美術館の展示では、本展のために新たに制作された1/100の巨大模型に加えて、可動展示室の仕組みがわかる台船の模型やアニメーション映像も紹介されている。
続く第3章は「自然を採り込む美術館」として、犬島に残る銅製錬所の遺構を活用し、周囲の環境の丹念なリサーチに基づき、風や水、太陽などの自然エネルギーを“動く素材”として扱った「犬島精錬所美術館」(設計:三分一博志)と、上部に大きく開けた穴からうつろう自然が採り込まれ、自由な曲線による空間のなかで自然とアート、建築が一体となった「豊島美術館」(設計:西沢立衛)を紹介。
犬島精錬所美術館の展示では、建物に使われているカラミ煉瓦や犬島石などの建築素材に実際に触れることができ、空気の流れや熱の流れを可視化した模型も登場。また豊島美術館は、模型や図面、スケッチに加えて、土型枠によるコンクリートシェル構造の施工の様子も紹介され、なめらかな形状の美術館ができるまでの過程を知ることができる。
さらに第4章では、建築資料を次世代に伝える文化庁国立近現代建築資料館の意義に光を当て、同館の所蔵品から、神奈川県立近代美術館(設計:坂倉準三)、国立西洋美術館(設計:ル・コルビュジエ)、群馬県立館林美術館(設計:高橋靗一[ていいち*]+第一工房)の貴重なオリジナル図面など約70点を公開する。
そしてエピローグとして図書コーナーでは、茅ヶ崎市美術館から気軽に行くことのできる美術館から、真鶴町立中川一政美術館(設計:柳澤孝彦)、ポーラ美術館(設計:日建設計)、横須賀美術館(設計:山本理顕)を取り上げ、建築家・玉井洋一が独自の視点から紹介する。
「美術館建築」にフォーカスした珍しい展覧会。美術と建築の関わり、地域と美術館の関わりなどについて、様々な示唆を与えてくれるだろう。
*──「てい」は青へんに光