公開日:2026年1月22日

『ルー・リード 俺の太極拳』を読みながら、俺も太極拳をやっている話。

TABのスタッフが気の向くままに更新する日記。今回は編集部・福島夏子が、最近読んで面白かった本をご紹介

『ルー・リード 俺の太極拳』 ルー・リード 著 ローリー・アンダーソン 編 吉田俊太郎 訳 国書刊行会 

Artとしての太極拳

ロック・レジェンド、ルー・リード

アンディ・ウォーホルが手がけたバナナのジャケットでお馴染みのヴェルヴェット・アンダーグラウンドでデビューし、ソロとしても『トランスフォーマー』をはじめ数々の名盤を発表してきた彼が、後半生に人生の中心に据えていたの太極拳だった。その燃えるような太極拳への情熱を1冊に詰め込んだ本が、日本語訳で刊行。しかも編者はあのローリー・アンダーソン!(アーティスト/ルーのパートナーだった)

ということで、前情報からいろいろ面白すぎて発売を楽しみにしていた本書を、冬休みに読みました。

ルー・リード本人が太極拳への想いを語る、原書 ”The Art of the Straight Line” HarperOne, 2023 刊行記念ムービー

じつはルーの生前から本の構想はあったものの、結局ルーが執筆するかたちでは実現しなかったものを、彼の没後にローリー・アンダーソンらがルーをよく知る人たちへインタビューを重ねてまとめ上げたというこの本。

そのためルー本人による手記は限られるものの、インタビュイーが音楽・アート・映画界の超大物からほとんどの読者が知らないであろう太極拳指導者・修行者にまで及ぶ異色のラインアップで、冒頭からトニー・ヴィスコンティ(デヴィッド・ボウイの名盤の数々を手がけたことで知られるプロデューサー)が登場してテンションが上がったところ、読み進めるとじつはヴィスコンティ自身もめちゃくちゃ熱心な太極拳実践者であることがわかってさらにびっくり(ルーとは「太極拳の兄弟としての固い絆があった」そう)、みたいなことが起きるユニークな本になっています。

イギー・ポップも長年取り組んできた気功の効能や太極拳について真面目に語っており、「シャワーで済ませず、頻繁に風呂につかりなさい」という先生のアドバイスにしたがって、水や海によくつかっているという健康法も披露。

あの時代のロックスターと言えばドラッグなわけですが、若かりし頃のオーバードーズで身体も精神も弱り切ってしまった彼らが、いかにしてそれを乗り越え、健康を取り戻し、怒りっぽい性質も克服して、中年期〜老年期をクリエイティブに過ごしたか。「ロックスターの老いと健康」の秘密に迫る1冊としても、なかなか面白いです。

ほかにヴィム・ヴェンダースジュリアン・シュナーベルらも登場、個人的には大好きなアノーニのインタビューが充実しているのがとても嬉しいです。

本書の中核を成すのは、やはりルー・リードの太極拳への果てしなき探求心と強い情熱です。毎日2時間の練習を欠かさなかったといい、どんなに重要な仕事よりも練習時間がスケジュールにおいて最優先されたという元秘書の証言や、ルーが取り組んでいた陳式太極拳のふるさとである中国の陳家構を訪れて、同地の指導者と推手(対人練習法)したエピソードには、「そんなに本気だったんだ……」と驚かざるをえません。

そして何より興味深いのは、ルー・リードは太極拳を「Art/アート」だととらえていたということです。そもそも本書の原題は、『The Art of the Straight Line: My Tai Chi』。

「俺は常々こう思っている。太極拳とは、身体を使って宇宙と調和することができるもの、根本的なエネルギーの波と繋がることのできる、太古の不思議な神話なのではないか。神秘的に聞こえてしまったら本意ではないが、この太古のアートをやっていると、確かにそういうことが起こる。(…)俺がこの本で語りたいのは、練習と苦労を重ねてこのアートにアプローチしている俺や俺のクラスメイトみたいな人たちにとって、太極拳とはどういうものなのか、ということ。ちなみに、さっきから言っているように、これはアートだ。アメリカではそう思っている人は少ないけれどね」(ルーが遺したメモより、p.31)

「このシステム(太極拳)は、審美的にも、物理的にも、精神的にも、霊的にも、ありとあらゆる形で人生を豊かにしてくれる素晴らしい力」(ルーが雑誌で語ったインタビューより、p.255)

「本書のタイトル 『アート・オブ・ストレート・ライン[原題]』は、ルーという人物をピュアに物語っています。太極拳というのは、円の中に円があると言われるほど円運動で成り立っています。では、なにが直線(ストレート・ライン)なのか? それはアートです! 太極拳は、方向とゴールを見失うことなく、様々な円運動を駆使しながら、まっすぐに生きるための技術(アート)なのです」(ローリー・アンダーソンによる「まえがき」、p.14)

ルーは実際、音楽と太極拳を融合する試みを行っています。その最たる例は、自らの世界ツアーに太極拳の師匠であるレン師を帯同し、ステージ上で演奏と合わせて太極拳の演武をしてもらったことでしょう。BBCの番組でも、ルーのライブパフォーマンスにレン師が参加しているのを見ることができます(アノーニもシンガーとして参加)。

Lou Reed - Perfect Day - Later... with Jools Holland (2003) - BBC

またアンビエント・アルバム『Hudson River Wind Meditations』の収録曲は、もともとルー自身が太極拳や瞑想を行うときに流すために作ったものでした。

「太極拳をすれば、目に見えないパワー、そう、宇宙の力に触れることができるんだ。最良のエネルギーに触れてしばらくすると、目に見えない力が身体と心にみなぎってくる。実際に俺の身体はそんなふうに太極拳に守られてきた。これを読んでいるあなたも、自らのエネルギーや魂を変えてみたいと思わないか? 人は自分で思っている以上にずっとすごい力を秘めている」(ルー・リード、p.11)

こんなふうに熱っぽく語りかけてくるルーの言葉に導かれて、この本を読んだ多くの人は、「ちょっと太極拳やってみたいかも」と思うのではないでしょうか。

じつは私も、以前からのカンフーへの淡い憧れと、激しくない運動を日常的に行う必要性がでてきたことから、少し前に太極拳を習い始めました。まずは一般的に普及している簡化24式(公園でおじいちゃんおばあちゃんがやっているイメージのあれ)の套路を繰り返しているところで、まだまだその深淵を掴む段階には至りませんが、とにかくゆっくりスローに動き、ひとつのポーズの完成時に「力を抜く」という太極拳の動きは、これまでやってきたバレエやヨガ、ピラティス、球技などどれとも違って新鮮。それに、とかくスピード重視になりがち、力んだり気を張ったりしがちな慌ただしい日常においても、ちょっとした心身のリセットになりそうです。いずれはルー・リードみたいに、古式の流派や、推手もやってみたいな。

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

「Tokyo Art Beat」編集長

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

「Tokyo Art Beat」編集長

『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。