ジュリアン・オピー Marathon. Women. 2025
イギリスを代表する現代美術家ジュリアン・オピーの最新作《Marathon. Women.》が、東京・銀座の商業施設GINZA SIXの中央吹き抜けに登場した。宙に浮かぶ大型LED画面には、7人の女性ランナーが異なるスピードと色彩で走り続ける姿が映し出され、来場者は各階からその動きを様々な角度で楽しむことができる。本作は、日常の場にアートを溶け込ませるオピーのアプローチを体現する展示である。
ミニマルで象徴的なスタイルのポートレートや風景作品で知られるジュリアン・オピーは、ロンドンのゴールドスミス・カレッジで学んだ後、1980年代から活動を開始。シンプルな線と鮮やかな色彩によって人物や日常風景を抽象化する手法を確立した。ポップアートや日本の浮世絵、道路標識などから影響を受け、見る者が直感的に理解できる「アイコン」のようなビジュアルを追求し続けている。彼の作品は世界中の美術館や公共空間に展示され、現代アートシーンにおいて独自の存在感を放っている。
今回、GINZA SIXでの新作《Marathon. Women.》の発表に合わせて来日したジュリアン・オピーにインタビューを行った。作品に込めた思いや制作の背景、そして日本滞在中に楽しみにしていることについて語ってもらった。さらに、彼が考える「美」とは何か、その核心に迫る。
大学時代にチューターから「君の作品には動きがあるね」と言われたんです。それがずっと心に残っていて。広重や北斎の風景画も風や動きを描いているでしょう? 学生の頃は映画も撮っていましたが、物語を語らないといけないことに息苦しさを感じてやめました。その時代にスクリーンセーバーを見て、“ただ動いている映像”の面白さに気づいたんです。そこからコンピューターやLEDを使った作品を作り始めました。人は小さな動きにも惹かれる生き物です。瞬きひとつでも命を感じる。だから僕は、意味や価値を押しつけるより、動きそのものが与える驚きや身体的なやりとりを大切にしています。
僕からこう見てほしい!という決まりはないんです。作品作りは僕にとって実験であり、遊びの過程でもあります。まずは自分が最初の観察者として作品を体験し、世界との関わりを確かめる。それが形となったものを世界に手渡し、見る人がそれぞれの物語や感覚を重ねることで作品は完成します。僕が関心を持っているのは、その過程でどんなエンゲージメントが生まれるかということです。意味や解釈を押しつけるのではなく、自由に感じ取ってもらい、そこから対話や共有が生まれることで文化が成立すると思っています。ぜひ自分なりに作品と関わり、心が動く瞬間を楽しんでほしいですね。
日本ではいつもスマホで風景を撮影しています。廊下や東京の街並みなど、何か意図を感じる場所を見つけると記録しておくんです。人の顔も同様に、表情や特徴を収集していて、今後作品に生かしたいと思っています。東京には若い頃から定期的に来ているので、いま特別に新しい場所を挙げるのは難しいですが、今回は青森にも行く予定です。そこで新しい発見があるかもしれませんし、見たい展覧会もいくつかあるので、きっとまた何かインスピレーションを得られると思います。
美しさって、日常の機能から少し離れて世界と違う関わり方をするときに感じるものだと思います。VRもそうで、現実じゃない世界に入って自分が描いた世界とつながる感覚が面白い。アートを作るのも同じで、自分の世界を表現しながら、人として世界とどうつながるかを探っているんです。美は雑誌に出てくる“美しい人”ではなく、道や畑の緑の違い、公衆トイレの人間的な営み、顔を見て相手を理解する。そういう瞬間に宿るもの。世界と関わり、驚きを感じる、そのエンゲージメントこそが僕にとっての美です。