ルーシー・リー ブロンズ釉花器 1980頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)
日本でも高い人気を誇るイギリスの陶芸家ルーシー・リーの回顧展「移転開館5周年記念 ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわー」が石川県金沢市の国立工芸館で11月24日まで開催中。しなやかでありながら芯のあるフォルムと色彩で、20世紀を代表する陶芸家と称されるリーの世界に、いま再び注目が集まる。
国立工芸館に寄託されたコレクションを機に開催された本展は、これまで十分に論じられてこなかった日本や東洋との関係性に光を当てる試みだ。日本では10年ぶりとなる本格的な展覧会として、リーの作品が今日の新しい世代の眼にはいかに映るのか。
1902年、ウィーンに生まれたルーシー・リーは、ウィーン工芸美術学校に入学し、ミヒャエル・ポヴォルニーに師事して陶芸を学んだ。彼女が制作を始めた20世紀初頭のウィーンでは、日用品に芸術性を吹き込むウィーン工房のアーティストたちが活躍しており、その精神はリーの初期作にも色濃く表れている。
この時代に出会ったウィーン工房の創設者のひとりヨーゼフ・ホフマンや同時代の作家たちの仕事をたどることで、リーの造形感覚の原点を見つめ直している。
ここでとくに注目したいのが、《鉢》(1926頃)だ。様々な釉薬が混ざり合い、装飾の独創的な雰囲気はウィーン工房から影響を受けている。また、この頃からリーらしいシンプルで洗練された器を作り始めている。
1938年、リーはナチスの迫害を逃れるため、夫ハンス・リーとロンドンへと渡る。翌年、アルビオン・ミューズに住居兼工房を構え、この工房で1995年に亡くなるまでの約60年制作を続けることとなる。この頃、イギリス陶芸界の中心的人物、バーナード・リーチとも出会い、彼女の作風に大きな影響を与える。
リーの生活はますます厳しくなり、陶芸制作の規模を大幅に縮小した。その代わりに、陶製ボタンの制作で生計を立てるようになる。形や色彩のバリエーションが豊富なボタンは、当時から高い人気を集め、戦後にはファッションデザイナーの三宅 一生(イッセイ・ミヤケ)も魅了した。彼は1989年秋冬コレクションで、このボタンをあしらった服を発表。さらに、ボタン制作をきっかけに、当時まだ陶芸を学び始めたばかりの青年ハンス・コパーが工房に参加し、後にリーと重要な創作パートナーシップを築くことになる。
リーが渡英した当時、バーナード・リーチを中心とするスタジオ・ポタリーの陶芸家たちは、東洋陶磁に範を求めて制作を行っていた。1952年のダーティントン国際工芸家会議では濱田庄司らと交流を深め、のちに共同個展を開催するなど、東洋とのつながりを深めていった。
会場では、リーがウィーン時代に影響を受けたヨーゼフ・ホフマン、ロンドンで出会ったリーチ、そして創作をともにしたハンス・コパーなど、彼女と関わりのあった作家たちの作品をあわせて紹介する。リーの造形感覚の源泉を探り、これまでリーチとの関わりのなかで語られてきた東洋の焼きものからの影響を、改めて検証する試みとなっている。
1960年代後半から制作を始めた、リーの代表作のひとつである花器。ふっくらと膨らんだ丸いボディから、スッと伸びる長い首、その先に大きく広がる口縁部。しなやかに揺れる柳のような姿は、その凛としたたたずまいで見る者を魅了するだろう。
1967年、イギリスで開催されたアーツ・カウンシルによる回顧展では、リーの名声はイギリス国内にとどまらず、国際的に広く知られる存在となった。1970年代に入る頃には、ウィーン工房で培ったモダニズムの感覚と東洋陶磁からの影響を融合させつつ、フォルムや色彩において独自の展開を示すようになり、当時イギリスで主流であったバーナード・リーチの作風とは一線を画した。釉薬と形態、装飾が一体となり生まれた洗練されたスタイルは、まさに今日私たちが「ルーシー・リーの作風」として認識しているものである。
日本でリーの認知を広めたのは、1989年に草月会館で開催された「現代イギリス陶芸家ルゥーシー・リィー展」といえる。三宅一生がロンドンで偶然見かけた書籍の表紙に掲載されたリーの作品に魅了され、直ちに工房を訪ねたことが展覧会開催へとつながった。この展覧会を機に、日本国内でのリーの人気は一気に高まり、今日に至るまで続く支持の出発点となった。
リーは1995年、ロンドンのアルビオン・ミューズにある自宅で93歳の生涯を閉じたが、没後も世界各地で回顧展が開催され、その人気は揺るがない。
リーが自身のスタイルを確立した1970年以降に制作した鉢や花器、小さな高台、すっきりとしたライン、マンガン釉や掻き落としなどの技法によって、ミニマルなフォルムと高度な技術が生み出す装飾効果が存分に発揮されている。
自らの美意識を徹底して追求し、独自の様式を築き上げたルーシー・リー。東洋の趣を感じる彼女の作品は、私たち日本人にとってどこか懐かしく、親しみをもたらすだろう。本展で、彼女の作品が放つ優美さに、ぜひじっくりと向き合ってほしい。