直島新美術館
香川県のベネッセアートサイト直島に、新しい美術館「直島新美術館」がオープンする。開館日は5⽉31⽇。館⻑は三⽊あき⼦、設計は安藤忠雄が手がけた。
公益財団法⼈ 福武財団は1980年代後半から直島を拠点に「ベネッセアートサイト直島」の活動を開始。⾃然・建築・アートの共⽣、地域との協働によるコミュニティの発展などを念頭に、複数の美術館やアート施設群を展開してきたが、今回は初めて「直島」を冠した、安藤忠雄設計の同地での10番⽬の施設となる。
⽇本を含めたアジア地域のアーティストの作品を展⽰・収集し、⼀部展⽰替えや各種パブリック・プログラムを実施するというこの美術館では、31日から「開館記念展⽰―原点から未来へ」を開催。⽇本、中国、韓国、インドネシア、タイ、インド、フィリピン、マレーシアなどアジア地域出⾝の12組のアーティストによる、この場所にあわせて構想されたサイト・スペシフィックな新作や代表作が公開される。
「瀬戸内国際芸術祭2025」はちょうど春会期が終了したタイミングだが、夏会期、秋会期にかけて多くの人々が訪れる直島の、新たな必見スポットとなりそうだ。
本稿ではそんな直島新美術館の見どころをレポートする。
直島新美術館は、本村地区の集落近くの高台に建設された。最寄のバス停「桃山」から5分ほど歩き美術館の麓に来ると、96段の階段が目の前に現れる。
これを上り切った先に、コンクリート打ちの美術館が待っている。丘の稜線をゆるやかにつなぐような大きな屋根が特徴で、地下2階、地上1階建て。焼杉のイメージに合わせた黒漆喰の外壁や小石が積まれた塀が、集落のある周囲の景観に馴染むように配されている。
館内中心にはトップライトから自然光が入る階段が地上から地下まで直線状に続いており壮観。その両側に4つのギャラリーが配置されている。
ベネッセアートサイト直島で10番目の安藤建築となる本美術館。安藤はこれまでの福武財団との仕事を「一歩前進、一歩前進」しながら歩んできたと説明。建築と自然が対峙し、そこに調和が生まれることを目指してきたという。福武總⼀郎(公益財団法⼈ 福武財団名誉理事⻑)からは「300年残る美術館を」とリクエストを受けたそうだが、「2〜3年で森の中にある美術館になる」(安藤)とビジョンを語った。周囲を取り囲む植物がさらに育ち、環境のなかに美術館が馴染み、溶け込んでいくようなイメージだろう。
来館者にどんな印象を持ってほしいかという質問には、「感動してほしい!」と力強く言い切る。「日本人はなかなか感動する機会がない。感動しないと元気も出ない。ここが人々にとって元気の出るところになれば」と希望を語った。
「直島新美術館 開館記念展⽰―原点から未来へ」は、美術館の地下2階、地上1 階の複数のギャラリー空間やカフェ空間などを舞台に開催される。参加作家は、ベネッセアートサイト直島と初期から関わりのある作家をはじめ、この10年ほどで関係性を築いた作家、現地調査によって出会った作家たちなどから選ばれた。
福武總⼀郎名誉理事⻑は近年、「これからはアジアの時代」との思いのもと、欧米中心的なアート観を脱してアジアの作家たちのコレクションに注力してきたという。1995年から傑出したアーティストの活動を評価・支援する目的で続いている「ベネッセ賞」も2016年以降は拠点をそれまでのヴェネツィアからアジアに移した。
ギャラリー1には、こうした姿勢が色濃く反映され、ベテランから気鋭まで、アジア地域のアーティストの大型作品が並ぶ。パナパン・ヨドマニー(1988年 タイ⽣まれ)のる巨⼤な壁画・彫刻インスタレーションは、第11回ベネッセ賞を受賞した作品。今回の広い展示空間に合わせてアップデートされている。
ヘリ・ドノ(1960年インドネシア⽣まれ)の大作10枚組絵画はインドネシアの近現代史をモチーフにしており、また1999年に同国ジョグジャカルタで結成されたグループであるインディゲリラとの合作である立体作品はジャワの伝統的な⽪⾰製の⼈形劇やカートゥーンといったモチーフを組み合わせたもの。
入口にあるのは、マルタ・アティエンサ(1981年フィリピン⽣まれ)が出身国のバンタヤン島に取材した映像作品だ。
いずれも自国の歴史や政治、文化と向き合ったうえで、欧米からのカルチャーや現代的な感覚が混ぜ合わされた作品たちだ。三⽊館長は、直島新美術館について、社会への批評精神をとおして地域を活性化させていくという、福武の40年前のビジョンに立ち返る作品が揃ったと語る。
ギャラリー2にはソ・ドホ(1962年韓国⽣まれ)の代表作「Hub」シリーズが広がる。これまで作家が住んできた家の玄関や廊下を布で表現した作品に、直島の⺠家を付け加えた本作は、シリーズにおいても最⼤級。作家自身の私的な経験が息づいた作品であり、同時にそのなかを歩くことで鑑賞者もそれぞれの経験や時間に目を向けるよう促される。
ギャラリー3は、Chim↑Pom from Smappa!Group(2005年東京都で結成)、村上隆(1962年東京都⽣まれ)、会⽥誠(1965年新潟県⽣まれ)の作品を展示。
Chim↑Pom from Smappa! Groupは、「Sukurappu ando Birudo プロジェクト」(2016〜)に端を発した作品を展示。眩しく輝くコンテナは中に入ることができ、そこには東京の各時代の廃材などが地層のように積み重なっている。
村上隆の《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》は、昨年開催の個展「村上隆 もののけ 京都」で発表されたことも記憶に新しい。同個展で本作を見た福武名誉理事⻑が「これだ!」と思いコレクションを決めたという。京都の名所や市井の暮らしを俯瞰で描いた岩佐⼜兵衛筆《洛中洛外図屛⾵・⾈⽊本》(17世紀、国宝)を題材とした本作。今回の展示では、日本美術史家・辻惟雄による解説動画など、この作品をよりよく知るための資料も展示されている。
会田誠の新作《MONUMENT FOR NOTHING ー赤い鳥居》は、戦後〜現代日本の堂々たるモニュメント。鳥居がグニャ〜と溶けて歪んだ構造体を中心に、私たちがメディアを通してみてきた「日本」を象徴するシーン/イメージの数々が無数の球体になってくっついている。震災以降のブルーシートに覆われた風景や、「三密」の文字とアベノマスク、イソジンを持った吉村知事、小学校の組体操、『あまちゃん』、サザエさん……。福武名誉理事⻑が「失われた30年を会田さん流に表現してほしい」とリクエストしたという本作は、シニカルでありながらも、“山あり谷あり”なひとの人生や国の歩みが、決してネガティブな状態だけではないことを示している。福武名誉理事⻑は、本作と、次の展示室にある蔡國強(1957年中国⽣まれ)の作品とを結びつけて見てほしいと語り、これらの作品は鑑賞者に「勇気と希望を与えたい」と考え構成された展示だと説明した。(本作は撮影不可)
ギャラリー4にある蔡國強の傑作《ヘッド・オン》は、99 体のオオカミが突進し、透明の壁に激突する姿を表した巨大インスタレーション。ガラス壁は「ベルリンの壁」と同じ高さに設定され、歴史における人々の対立や闘争を思いおこさせる。
また、美術館のエントランスには下道基⾏(1978年岡⼭県⽣まれ) + ジェフリー・リム(1978年マレーシア⽣まれ)による直島町⺠の家族写真、多⽬的カフェスペース「&CAFE」にはN・S・ハルシャ(1969年インド⽣まれ)のこの場所にあわせて描かれた絵画が展示されている。
屋外のサニタス・プラディッタスニー(1980年タイ⽣まれ)による進行中の作品では瞑想ワークショップなども開催予定だ(2026年完成予定)。
福武名誉理事⻑は本美術館について、自身が指揮してきたベネッセアートサイト直島の手法が反映された象徴的な美術館だと語る。ベネッセアートサイト直島の集大成としての面も持つこの新たな美術館で、自然やアート、人々の営みに触れ、自分のなかの生きる活力を活性化してみてはいかがだろうか。
直島の宮浦港からバスで向かう場合は、バス停「桃山」で下車。宮浦港〜桃山間は7分程度。
バス停から美術館は徒歩8分ほど。バスを降りたら、バスの進行方向とは逆向きで右手に海を見ながら直進し、次のT字路で左折。しばらく行くと駐車場と美術館名が書かれた入口が見え、奥に96段の階段がある。ここを登る必要があるので、歩きやすい格好で行くのがおすすめだ。
*直島新美術館はグッズも充実。紹介記事はこちら
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)