会場風景
⽇系アメリカ⼈アーティスト、タイジ・テラサキは、ハワイ・ホノルルを拠点に、現代美術、科学、環境問題の提言をオーバーラップさせる作品制作と活動を続ける。9月、京都・東山区の両⾜院で個展「⾶翔 Wings Over Crystalline Landscapes」を発表した。会期は10月1日まで。
明るい庭に面した書院に展示されているのは、岩絵具で塗った平面と、結晶した鉱物が立体的な作品。衝立のような展示フレームには、四国、九州、沖縄、本州、台湾、韓国、ベトナム、と、一面ごとに日本とアジアの場所が示され、その土地で得た鉱物を使って制作された作品が展示されている。
これらの地点は、アサギマダラ(Parantica sita)という蝶が飛翔する、何千キロにも及ぶエリアと重なっている。アサギマダラは、藤袴(フジバカマ)の⾹りに導かれ、北海道から⽇本列島を縦断し、国境を越えて南シナへと長い旅をすることで知られている。テラサキは、この蝶の旅のルートとなっている地の地中に、鉱物層が横たわっていることを知り、蝶の飛翔をテーマに、分布地の鉱物をモチーフにした作品を制作した。
アサギマダラは5〜6cmほどの大きさで、名前のアサギは、羽の内側の青緑色に由来する。色彩だけでなく、羽ばたかずにふわふわと飛翔する姿も美しい。
そんな優雅さと裏腹に、アサギマダラは渡り蝶としてのタフさも併せ持つ。観察者によると、秋に日本本土から南西諸島・台湾へ渡り、直線距離1500 km以上移動した個体や、1日あたり200 km以上の距離を移動する個体もいるそうだ。古来より秋の訪れを告げる蝶だったこのアサギマダラだが、近年の気候変動や、藤袴の生育不全などが原因で、飛来数は激減している。テラサキは、この蝶の生態と、近年の自然界の変化が与える影響に強い関心を引かれた。
「アサギマダラをテーマにするというアイデアは、両足院の副住職、伊藤東凌さんから提案されました。彼はこの蝶が姿を消していくのを見て、私にとって良い題材になると思ったそうです。そして、私は蝶について多くの調査を行いました」
環境と生命の関係は、近年のテラサキのメインテーマだ。2023年にパルミラ環礁でのレジデンス中に制作したインスタレーション「On Rewilding」では、インタラクティブなメディアを通して、絶滅の危機に瀕した生態系と観客が関わる機会を創出した。
本展の作品の素材となった鉱物との出会いについて聞くと、テラサキは以前から、日本画材の岩絵具を通して、鉱物を身近に感じていたという。
「京都に1年間滞在して日本画を学んでいた時期があり、そのときは、伝統的な方法で日本画を学んだんですが、この経験は自分のなかにずっと残っていて、ある日突然、もっとモダンなカラーフィールド・ペインティングのような、異なるアプローチで、この素材を使えると思いました」
岩絵具を伝統的な描法から解放する。そんなアイデアに加えて、鉱物という無機物を「結晶」という有機的で動的な化学変化を通してとらえ直すこと。そこに蝶という生き物の飛翔のイメージを重ねること。一見バラバラな要素が、テラサキのなかでひとつになっていった。
「この興味は、別々に発展しました。まずパリで、日本画の岩絵具の素材も鉱物を粒子に砕いて作品を作りました。それから、アメリカのセドナ、アリゾナに行きました。そこは水晶の癒しの力が信じられているパワースポットです。有機的なものと無機的なもの。最初はまったく違うものに見えましたが、それらを融合させることができるかどうか、試したくなりました。水晶の結晶について、学べば学ぶほど、地球をどう覆い、異なる地域で異なる形が生まれてゆくのかイメージができていきました。さらに、アサギマダラの移住の様子がわかってくるにつれて、鉱物と蝶の旅路を並行して描けることに気づきました」
出品された約40点の作品は、どれも極めて強い特徴をもっている。「沖縄」の作品にはアラゴナイトと珊瑚礁のような石灰の結晶が、「九州」には、阿蘇山をイメージした緑の水晶が、「台湾」には薄緑の蛇紋石、というふうに、それぞれの土地の鉱物が、場から得たインスピレーションや地形的な特徴も取り入れられながら、作品としてまとめあげられている。カラーフィールド・ペインティングには、鮮やかさと物質感を持ち合わせる岩絵具を用いた新たなアプローチも伺える。
そうしたカラフルな鉱物が眠る大地の上を渡る蝶がアサギマダラというわけなのだが、会場では、その蝶の飛翔を、拡張現実(AR)で再現する仕掛けもある。タブレットでコードを読み取ると、作品の上やお庭の上を、アサギマダラが軽やかに渡る姿が見られる。
ヴァーチャルな蝶のイメージは、現実には存在しないという儚さゆえに、実際の蝶が直面している消滅の危機も想起させる。急速に変化する地球環境に翻弄される生き物は蝶だけではない。人間もまた、気候や社会の変化によって、故郷を離れて移り住むことを強いられている。これは、テラサキが近年、注力するテーマでもある。
「移民というテーマに、今後も取り組み続けていくつもりです。アサギマダラの渡りから人間の移動へと発展させ、いずれニューヨークで展示を行う際に、移民というテーマを扱うことになると思います。この展示は、それに向けての良い機会になるかもしれません」
両足院では多くのアーティストが展覧会を開催しているが、テラサキは、数年来の交流がある副住職、伊藤東凌の協力のもと、寺院内を自由に使うことが許された。
「東凌さんと知り合った後、お寺を何度も訪問し、展示もいくつも拝見してきました。東陵さんはこの空間で何ができるかについて、大きな裁量を与えてくださり、本当に感謝しています」
そうして実現した、禅寺特有の建築と作品とのインタラクションは、本展の見どころになっている。たとえば、書院の障子に結晶したクリスタル。
茶室「臨池亭」では、作品を使った道具組みや、床飾りが据えられている。陶芸家のロイ・クニサキとともに制作した、透明なナトリウムの結晶をまとったユニークな花器や茶碗なども展⽰された。呈茶では、その茶碗で実際にお茶を飲むことができる。茶室の静寂と暗がりのなかで、ほのかな輝きを放つ鉱物の艶かしい魅力が感得できた。
「結晶化の成⻑美学は、禅の瞑想にも通じるでしょう。どちらも忍耐と静寂、⽬に⾒えぬ変化を通じて進⾏します。静けさのなか、分⼦が分⼦を呼び込み、内部の格⼦構造に導かれながら形成されるクリスタル。坐禅においても、修⾏者は努⼒ではなく⼿放すことで、内⾯から洞察が結晶化するのを待ちます。本展が臨済宗の禅寺である両⾜院で開催されることは、瞑想と地質学的形成とのあいだにある共鳴を強調します。構造や秩序とは、無理にではなく、響き合うことによって⽴ち現れてくるものです」(展覧会によせた、副住職・伊藤東凌のステイトメントより)
移動、そして⽣態系の変化、メタモルフォーシスや結晶化。そんな静けさのメッセージが、禅寺の瞑想的な空間によって包み込まれた本展。
「この空間で、実際に手をつけなかったものもありますが、いつかまた戻ってきてもっと多くのことができればと思います」
世界各地のアートフェアや美術館で展開されるテラサキの思索的な作品が、この場所に再び渡ってきてくれることを期待したい。
本展は、アートを通じて⾃然環境の保全・保存・修復を推進する教育団体 MakeVisible により企画されました。⽶国に拠点を置く501(c)(3)に登録されている⾮営利団体MakeVisibleは、Conserve(保全)/Preserve(保存)/Restore(修復)を基軸とし、教育的なミッションを持ってアート展覧会を⽀援しています。