新進アーティストの支援を目的とした「TERRADA ART AWARD 2025」。国内外から集まった多数の応募から5組のファイナリストが選出された。
選ばれたファイナリストは、黒田大スケ、小林勇輝、是恒さくら、谷中佑輔、藤田クレアの5名。各アーティストは、最終審査において提出した展示プランにもとづき、制作費300万円を活用して実際に作品を制作。寺田倉庫のイベントスペースにて「TERRADA ART AWARD 2025 ファイナリスト展」として発表する。ファイナリスト展の会期は2026年1月16日〜2月1日。
最終審査員を務めたのは金島隆弘(金沢美術工芸大学 芸術学SCAPe 准教授)、神谷幸江(国立新美術館学芸課長)、寺瀬由紀(アートインテリジェンスグローバル ファウンダー)、真鍋大度(アーティスト、プログラマ、コンポーザ)、鷲田めるろ(金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学准教授)の5名。世界を舞台に活躍するアーティストの輩出を念頭に、国際的な視点と現代アートに関する深い見識を持つ専門家が審査を行った。ここからは、最終審査員による総評を紹介する。
今回の審査では、TERRADA ART AWARD が日本の現代アートシーンに定着したことで、アウォードに相応しい応募が増えた一方、その枠に収まりきらない挑戦的な作品が少なくなった印象も持ちました。しかし、世界各地で活躍する日本人作家からの応募が増え、海外との接点としてこのアウォードが機能する実感を持てたことも事実で、世界と繋がる日本の登竜門的な存在として今後発展していくことを切に願います。作品の制作理由や最終的な展示内容をより明確にしたり、焦点をより絞ることで最終まで残ったであろう作品も多くあった中、ファイナリストの5名の作家は、今日の社会的背景や美術の⽂脈を踏まえながらもより実践的に、 各々独自の視点から作品を構想できていたことが印象的で、作品の完成が今から楽しみです。今の時代を試行錯誤しながら制作に励む多くの若手作家の意欲に触れることのできるこのアウォードに審査員として参加させていただき、毎回ありがたく思います。
私たちが自由に国や地域を行き来できる。多くの人々と知り合い、さまざまな文化と出会うことができる。その当たり前と思っていた世界に、暗雲が立ちこみ始めてきた。TERRADA ART AWARDへの数々の応募提案からは、活躍と飛躍の機会に備える次世代の表現者たちの多くが、分断が始まる時代の空気をしっかりと感じ取り、それぞれに応え抗おうとしていることが伝わってきた。さらにファイナリストたちは、決して一度の思いつきではなく、思考する姿勢と構想をもう一歩展開する実践力が伴っていると感じられた。気をつけたいのは、緊急性の高い社会的課題を取り上げようとするあまり、表現が流行り言葉のように表層的な繰り返しに陥っていないかだ。危機の時代に向かう想像力を美術表現がいかに持てるか、応募者のプロポーザル実現に期待したい。
TERRADA ART AWARDも定期的な開催を再開して3回目と言うこともあり、今回は応募された作家の皆さんの全体的な経験の豊かさや作品の質の高さが特に目立ったように思います。全体的には、作家の原体験や個人的な経験をきっかけに、オーディエンスが共感し考えさせられるメッセージへ昇華させていける、即戦力および適応力が高く、国際的な舞台に出ても遜色のない作品が今までに比べても圧倒的に多かったように感じます。同アウォードが国内の公募展として、力のある作家に認められ、そのような地位を築いてきていることは、非常に喜ばしいことです。一方で、今回は思っていたよりも経験歴の短い、年齢の若い作家さんの応募が少なかったように見受けられる点も、少し個人的には気になりました。言語化する力は経験値が高い作家の方の方が巧いからこそ、最終まで駆け出しの若い作家が残りにくかったということなのかもしれませんが、ワクワクさせる荒削りな若い作家さんたちのほとばしるエネルギーも是非もっと見てみたいですし、若い作家の皆さんも是非今後も臆せずに挑戦して欲しいとは思っています。
総じて、TERRADA ART AWARD 2025の応募作品は、身体反応や動物/環境との関係といったモチーフを通じ、人間中心の世界観を問い直し、歴史や記憶の空白に光を当てる作品が多い。インスタレーションとパフォーマンス、映像、テキストを重層的に組み合わせ、観客参加や地域協働を重視する表現が目立った。テクノロジーは手段にとどまり、人間の予測不能な身体性や共生の可能性に焦点が置かれている。また、祝祭的な楽しさと批評性、フィールドワークに根ざした地域性と普遍的なテーマを併存させる作品が多く、歴史や社会に対する批評的な視点と、共同体の生成や対話の場を生み出そうとする実践が今回の特徴といえる。
5人のファイナリストには、いずれも一定の実績がありながら、今後作品を豊かに展開してゆくことが期待できる作家を選ぶことができた。民俗学的なアプローチをとる是恒さくら、彫刻史の政治性に向き合う黒田大スケ、武術をクィアの視点から捉え直す小林勇輝、新たなテクノロジーを彫刻的に扱う藤田クレア、谷中佑輔といった今日の美術における重要なトピックに取り組む作家たちがバランスよく残った。他方、2021年、23年のアワードで優れた作品がファイナリスト展で展示できた「移民」というテーマに関しては、今回は最終選考で優れた作品はあったものの、ファイナリスト展には残せなかった。銅像など具象彫刻を対象とすることが多かった黒田が今回のプランでは抽象彫刻をテーマとし、呼吸をテーマにパフォーマンス作品をつくってきた谷中が今回は息を使った楽器をモチーフとした立体作品に取り組むなど、これまでの経験を踏まえた新作に期待する。