公開日:2025年9月18日

「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」(国立新美術館)レポート。SANAA設計の空間で体験する、過去最大規模のブルガリ展

会期は9月17日〜12月15日。300点を超える珠玉のジュエリー作品が一堂に会する。

会場風景より、《コンバーチブル・ソートワール=ブレスレット》(1969頃)

過去最大規模のブルガリ展が開幕

国立新美術館では、ローマのハイジュエリーメゾン・ブルガリの色彩とクラフトマンシップをテーマにした展覧会「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」が開催される。会期は9月17日〜12月15日。セノグラフィー(空間デザイン)は建築ユニットのSANAAと、イタリアのデザインユニット・フォルマファンタズマが担当。

展覧会タイトルの「カレイドス」とは、「美しい(カロス)」「形態(エイドス)」を意味するギリシャ語にちなんだ言葉。会場にはブルガリ・ヘリテージ・コレクションと貴重な個人コレクションから選び抜かれた約350点のジュエリーと、ララ・ファヴァレット森万里子中山晃子という3人のアーティストの作品が並んだ。本展では同ブランドの歴史や、日本との関係性が示されるとともに、ブランドの重要なアイデンティティである「色彩」の物語に光が当たる。

会場風景

そもそも、なぜ今回の展覧会は色彩がテーマなのか? その答えはメゾンの歴史にある。ブルガリは、色味を限定した配色や、プラチナを用いた単色のデザインが好まれていた20世紀前半に、鮮やかな色彩を取り入れたデザインで「色石の魔術師」として名声を確立した。本展で紹介される膨大な数のジュエリーには、色鮮やかな宝石の大胆な組み合わせや、特徴的なカボションカット(表面をドーム状にカットする手法で、宝石そのものの色彩や模様が強調される)の技巧など、色彩そのものをシグネイチャーとするメゾンの美学が詰まっている。

会場風景

展覧会前日に行われたプレス向け内覧会ではブルガリグループCEOであるジャン=クリストフ・ババンと、ブルガリ へリテージ キュレーター ディレクターのジスラン・オークレマンヌ、同館館長の逢坂惠理子、研究員の宮島綾子、アーティストの森万里子らが登壇。「本展は長年に渡ってブルガリと同館が計画してきた展覧会であり、ジュエリー、日本とイタリアの建築、デザイン、アート、そのすべてが共鳴する「総合芸術」のような空間となった。来場者のみなさまには、その空間に入り込むような体験を楽しんでもらえれば」というコメントがされた。

第1章「色彩の科学」

ここからは、会場の構成ごとに展覧会をレポートしていこう。第1章の冒頭を飾るのは、ドイツの詩人・哲学者であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが考案した「色相環」と、その中で提唱された3原色にまつわるジュエリーだ。19世紀に色彩の生理的効果を研究したゲーテは、「赤」「黄」「青」を3原色として提唱。この3つの色は、ジュエリーの世界ではそれぞれ「ルビー」「ゴールド」「サファイア」に相当し、もっとも重要な素材のひとつとして扱われている。

会場風景
会場風景より、《ネックレス》(1968)

展示室をすすむと次に出てくるのは、フランスの化学者ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールの「色を定義し命名する方法の提示」だ。ここからは原色を組み合わせて作られる「二次色」や、原色と二次色が互いに補い合う「捕色」をキーワードに展示が展開されていく。ブルガリがジュエリー界で色彩の革命を起こした20世紀は、色彩に関する科学的な研究と、アーティストたちの多様な色彩実践が同時進行的に発生した時代。アーティストやデザイナーたちは意識的であれ無意識的であれ、新たな色彩論を取り入れた作品を制作しており、そのことはジュエラーたちにとっても無関係ではなかった。

会場風景より、ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールの「色を定義し命名する方法の提示」(1861)
会場風景より、《ネックレス》(1961)

プラチナにサファイア、ルビー、ダイヤモンドをあしらった印象的な《バングル》(1954〜55)は、ブルガリのシグネイチャーである赤と青のコントラストが特徴的な作品。アイコニックな色彩の組み合わせが、メゾンの特徴であるカボションカットによってさらに際立たせられている。このように、ブルガリのジュエリーには、先述した補色やシュプルールの色彩理論への意識がいたるところから感じられる。

会場風景より、《バングル》(1954-55)

1章から2章へと展覧会を橋渡しするのは、ララ・ファヴァレットによるサイトスペシフィックなインスタレーション《レベル5》。ファヴァレットは今回が日本で初めての本格的な紹介となるアーティストだ。それぞれが独立して動くように設計された洗車ブラシは展示室で起動された瞬間から劣化がはじまり、動きと色彩の変容という本展全体を貫くテーマに共鳴する。

会場風景より、ララ・ファヴァレット《レベル5》

第2章「色彩の象徴性」

第2章は、色の文化的・象徴的な側面がテーマとなる。本章の前半では、メゾンがダイヤモンドのカットの専門知識を駆使することで、どのように「白」を表現してきたかが紹介される。「純潔」「清廉さ」や「死」など、文化によって異なる意味を持つ白はブルガリのジュエリーにおいて、たんなる余白以上の意味を持つものとしてとらえられている。

会場風景

プラチナにダイヤモンドと7つの壮麗なエメラルドをあしらった伝説的な《ネックレス》(1961)は、別名「セブン・ワンダーズ」と呼ばれる特別なジュエリー。「緑」の代表的な宝石であるエメラルドは、西洋の伝統において長きにわたって「高貴」の象徴とされてきた。同作品はイタリアの女優モニカ・ヴィッティやジーナ・ロロブリジーダといった著名人にも愛用されている。

会場風景より、《ネックレス》(1961)

ジュエリーはもちろんだが、本展はSANAAが手がけた展示空間も大きな見どころのひとつ。アルミやアクリルなどの素材を基調に、反射と透過というふたつの相反する属性を持つ展示空間は、ジュエリーの美しさが空間全体に広がっていくようなデザインとなっている。また、各展示室のかたちはイチョウがモチーフになっており、ローマと日本というふたつの場所をつなぐ象徴として、このモチーフが選択された。

展示風景
会場風景

アクセサリーを身につけること(装うこと)それ自体も、色の感情や象徴性と無関係ではない。2章以降でたびたび登場する蛇(セルペンティ)のモチーフは、古代から「知恵、生命力、永遠」の象徴として扱われており、イタリアを拠点とするメゾンのルーツである古代ギリシャ・ローマ文化にも由来している。色とりどりの蛇の鱗は、恐怖を呼び起こすのではなく、身につける人にパワーを与える役割も果たす。

会場風景
会場風景より、《「セルペンティ」ブレスレットウォッチ》

3章との間に展示されるのは、森万里子の新作《ONOGORO STONE Ⅲ》。日本最古の書物『古事記』における創造神話にインスピレーションを受けた本作は、霊性と先端技術のはざまを探求する森の関心を体現している。鉱石に見立てられた立体作品がキラキラと七色に光る様子は、次章「光のパワー」へと滑らかに展覧会をトランジションしていた。

会場風景より、森万里子《ONOGORO STONE Ⅲ》

第3章「光のパワー」

第3章では、私たちが色を感知する際の光の役割に焦点を当て、とくにシルバーやゴールドといった反射する素材において光がどのように作用するかが探求される。創業者のソティリオ・ブルガリはブランド創業以前、銀細工職人からそのキャリアをスタートしており、こうした銀細工の作品は初期の時代を象徴するものだ。

創業以降、銀細工の作品は継続的に作られており、本展ではローマの有名なモニュメントや、本店を構える「コンドッティ通り」という住所が記されたプレートなど、メゾンの貴重な制作の一面を覗くことができる。

会場風景
会場風景

展示室の最後には、本展キーヴィジュアルにも使用されている《コンバーチブル・ソートワール=ブレスレット》(1969頃)と、中山晃子による映像インスタレーション《ECHO》が互いに響き合うかのように対置されている。ファンシーカラーダイヤモンドとパールをはじめとする希少なジュエリーを、ふんだんに用いた《コンバーチブル・ソートワール=ブレスレット》はブルガリの色彩とその物語の豊かさを体現し、華やかに展覧会を締めくくっていた。ブルガリの貴重なジュエリーが過去最大規模で展示される本展。ぜひ混み合う前に訪れたい。

会場風景より、中山晃子《ECHO》
会場風景より、《コンバーチブル・ソートワール=ブレスレット》(1969頃)

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン