「幕末土佐の天才絵師 絵金」会場風景
江戸時代初期の高知城下に生まれ、色鮮やかな芝居絵屏風で人々を魅了した絵師・絵金(金蔵、1812〜1876)。その異才の作品群を紹介する展覧会「幕末土佐の天才絵師 絵金」が、9月10日から11月3日まで、東京・六本木のサントリー美術館で開催される。
「絵金」とは「絵師の金蔵さん」の略称・愛称。絵金こと金蔵は、文化9年(1812)に土佐の髪結いの子として生まれ、若くして江戸に上り、駿河台狩野派の土佐藩御用絵師・前村洞和の下で3年間の修行を積んだ。帰郷後に土佐藩家老の御用絵師として大出世。しかし何らかの理由で33歳の頃にその身分を剥奪され城下を追放。贋作事件に巻き込まれたとの説もあるという。町絵師となった後の活動は詳細不明だが、数多くの芝居絵屏風に加え、掛軸、絵巻、幟(のぼり)など幅広い作品を残した。明治9年(1876)に死去。墓碑によれば、弟子は数百人を数えた。
絵金は、歌舞伎や浄瑠璃のストーリーを極彩色で絵画化した芝居絵屏風で知られる。地元高知では、夏祭りの数日間、絵金の屏風を飾る風習が現在でも残っており、神社の境内や商店街の軒下に、絵金の描いたおどろおどろしい芝居の場面が提灯や蝋燭の灯りで浮かび上がる。現存する約200点の芝居絵屏風のほとんどは、神社や自治会、町内会、公民館などに分蔵されているため、その作品をまとまって見られる機会は滅多になく、1970年代に一時「絵金」ブームが起こったものの、代表作を集めた大規模展は東京の美術館としては今回が初めての試み。本展はあべのハルカス美術館(2023)、鳥取県立博物館(2024)を巡回し、このたび東京での開催となる。
展覧会は3章立てで構成される。第1章では、芝居絵屏風の代表作を一挙展示。高知県香南市赤岡町の4つの地区が所蔵(絵金蔵所管)する作品を中心に紹介される。
絵金の芝居絵文化はその没後も継承され、弟子や孫弟子などによって昭和まで新たな屏風が作られたと言われている。ここで展示されているのは、そのなかでも特に評価の高い、絵金の基準作とされるもの。毎年7月に行われる須留田八幡宮神祭と土佐赤岡絵金祭りでは商店街の軒下に飾られるが、祭りのとき以外は通常見ることのできない作品群だ。
二曲一隻の芝居絵屏風21点がずらりと並ぶ展示室内。デフォルメされたような顔の表情や血しぶき、情念が渦巻く場面の数々に目を奪われる。
冒頭で観客を出迎えるのは、《伊達競阿国戯場 累》。夫・与右衛門が殺した自身の姉の怨念によって顔が醜く変貌し、嫉妬に狂う累を中心とした愛憎劇を描いている。与右衛門の愛人と疑う歌方姫の着物にかぶりつく累の下には鎌が置かれており、このあと与右衛門は鎌で累を殺害する、という壮絶なシーン。各登場人物が1枚の絵にダイナミックに描かれている。
会場では本作が実際に赤岡の商店街で飾られているときの様子を再現するため、照明が時間によって昼、夕方、蝋燭のあかりをイメージした明るさに変化する。
芝居絵は同時代の役者絵とは異なり、芝居のストーリーにフォーカスしたもの。ひとつの画面に前後の場面なども描き込み、複雑な話の流れが1枚で読み解けるようになっているのも絵金の作品の特徴だ。
たとえば仙台伊達家のお家騒動をもとにした《伽羅先代萩 御殿》は、幼君が逆臣の奥方から差し出された毒饅頭を口にしようとする緊迫の場面を描いたものだが、画面左上にこれに続く展開が描かれている。また室内の衝立の絵は人物たちとは異なるタッチで描かれており、狩野派で修行を積んだ絵金の技巧が垣間見える。
このほか絵金が手がけた掛軸や絵巻も展示。安政元年(1854)に土佐を襲った大震災の様子を戯画風に描いた《土佐震災図絵》や、力士図の掛軸などを通して、絵金の多彩な画力に触れることができる。
第2章では、現在も絵金の芝居絵屏風を夏祭りに飾る風習が残る高知の神社の絵馬台を再現。絵金の作品をはめこんだ大きな櫓が展示室にそびえ立つ。こちらも昼、夕方と時間が移ろうように照明の明るさが変化し、実際の参拝者のように絵馬台の下をくぐりながら作品を鑑賞できる。
絵金の芝居絵屏風を神社の夏祭りに飾る風習がいつ始まったかは判然としないが、幕末頃から流行していたと見られている。夏祭りの数日間、屏風を飾るためだけにこのような豪奢な構造物が組み立てられていたというから驚きだ。現在、屏風を絵馬台に飾る夏祭りは約10ヶ所の神社で行われているが、その数は年々減少しているという。
本章ではさらに高知の夏祭りのもうひとつの風物詩である、希少な絵馬提灯も展示。全24点から成る《釜淵双級巴》は近年発見された作品で、石川五右衛門の悲しき運命を描いた一代記。生まれたときから大泥棒になる運命を背負った五右衛門が、最後には捕まって釜入りの刑に処されるまでの物語が、一つひとつの絵馬に描かれている。
最終章となる第3章では、絵金の弟子たちが絵手本にもしたという芝居絵の下絵や、絵金と関わりの深い周辺の絵師たちの作品を紹介。
横断幕のような巨大な錦絵《義経千本桜╱加賀見山旧錦絵》は、坂本龍馬との交流でも知られる幕末土佐の知識人・河田小龍によるもの。御用絵師、町絵師の時期に絵金に師事した多くの門人のひとりだ。土佐では、このような横幟を男児の初節句の際に屋外に張りまわす習慣があった。
地元では「夏祭りに夕立が来たら、屏風より先に提灯を片付けた」と語られるほど、絵金の作品は高知の文化のなかで日常の延長線上にあった。県外では半世紀ぶりの大規模展となる本展は、あらためてその独自の魅力と出会う貴重な機会となるだろう。