「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」会場風景より
柔らかく豊かな色彩で温もりのある人物画や風景画を描いたピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)と、対象を幾何学的な要素でとらえた独自の絵画様式を探究し、「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌ(1839〜1906)。19世紀にフランスに生き、印象派・ポスト印象派の巨匠として知られるこのふたりに焦点を当てた展覧会「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」が5月29日から、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催される。担当学芸員は、三菱一号館美術館の岩瀬慧。会期は9月7日まで。
本展は、画商ポール・ギヨーム(1891〜1934)が礎を築いたフランス近代美術の一大コレクションを擁するパリのオランジュリー美術館が企画・監修し、ルノワールとセザンヌのふたりにフォーカスして構成した展覧会。同館だけでなく、オルセー美術館からも名品が出品され、ルノワールの《ピアノの前の少女たち》やセザンヌの《画家の息子の肖像》といった代表作も含む計52点が展示される。ミラノ、マルティニ(スイス)、香港を巡回し、日本では三菱一号館美術館が唯一の開催館となる。
ルノワールは印象派、セザンヌはポスト印象派と分類されることが多く、一見異なる表現を追求したようにも思えるが、「ルノワールとセザンヌという巨匠を一緒に見せることが重要だった」と、プレス内覧会に登壇したオランジェリー美術館館長のクレール・ベルナルディは語る。
本展の監修を手がけるオランジュリー美術館学芸員のセシル・ジラルドーは、「ふたりは同世代です。長いキャリアをいずれも画家として過ごしている。そして印象派革命という美術史のなかの大きな転機に現れた画家でもある」と、ルノワールとセザンヌをつなぐ様々な要素があることを説明。両者はいずれも1874年の「第1回印象派展」に参加し、その後それぞれの絵画表現を追求していく。初期からの作品を通して、その変遷をたどることができる点も本展の見どころだ。
出品作の大部分はギヨームのコクレションに由来する。展覧会は5章構立てで、両者の作品を比較しながら、ピカソへと続くモダンアートの原点を探る構成となっている。
ルノワールとセザンヌは1863年、印象派の画家たちを通じて出会い、生涯にわたって良好な関係を築いた。第1章では、静物画や風景画といった印象派らしい題材を通じて、ふたりのアプローチの違いや共通点を浮かび上がらせる。
たとえば、「花瓶に生けられた花」を描いたルノワールの《花瓶の花》とセザンヌの《青い花瓶》。どちらも青を基調とした背景だが、ルノワールは花瓶から溢れんばかりの色とりどりの花々をいきいきと描き、セザンヌは落ち着いた色調の中に、少し傾いた花瓶とともに独特の緊張感を湛える。
果物の静物画でも、白いテーブルクロスとボウルの上に水平に置かれたルノワールの桃と、斜めの机の上にわらひもを巻いた壺とともに配置されたセザンヌのリンゴが並ぶ。構図や対象の質感、背景など、並べてみることで見えてくる違いが面白い。
第2章では、戸外制作に着目し、両者の風景画を紹介する。バルビゾン派の影響を受け継ぐ印象派の画家たちは、フォンテーヌブローの森やセーヌ川沿いで戸外制作を行ったことで知られる。移り変わる自然の風景や光を細かな筆致で描く印象派の技法が生まれるが、ルノワールとセザンヌはかならずしもその流れに沿わず、形態を重視する作風を維持した。
セザンヌが故郷エクス=アン=プロヴァンスやその周辺を描いた風景画では、リズミカルな独自のタッチで表現された木々とともに、大胆な構図の岩肌が目を引く。
いっぽう戸外制作の影響で作風が明るい画面へ変化したルノワールの《イギリス種の梨の木》は、光に満ちた画面いっぱいに草木が広がり、緑の微妙なトーンの違いが繊細に描き分けられている。
第3章「人物の形態と色彩」では、両者の肖像画を紹介。多くの印象派の画家が形態を希薄させていくなか、ルノワールとセザンヌは、線描と色彩に重きを置き、理想的な形態のバランスを追い求めた。
ルノワールが息子を描いた《ピエロ姿のクロード・ルノワール》は、鮮やかな赤の衣服と白い靴下や襟の対比が印象的。子供たちは父のモデルをするのにしばしば忍耐を強いられたといい、少年の愛らしくもなんともいえない表情からも戸惑いが滲むようだ。
ルノワールの代表作のひとつ《ピアノの前の少女たち》は、作家が初めて政府から公的な注文を受けて描いたもの。この制作過程で「ピアノの前の少女たち」を主題にした6点の大作が描かれ、そのうち初期の習作とされるのが本展の展示作品だ。画面からは柔らかい色彩のなかに描かれた少女たちの親密さが伝わってくる。なお当時最終的に選ばれたバージョンはオルセー美術館に収蔵されており、10月25日から国立西洋美術館で開催される「オルセー美術館所蔵 印象派ー室内をめぐる物語」で来日する。
また、画風の転換期に制作されたという《風景の中の裸婦》は、18世紀ロココ美術を代表するアントワーヌ・ヴァトーやフランソワ・ブーシェからの影響が色濃く現れ、線描表現への回帰と印象派的な背景の表現が共存する。
温かい雰囲気で人物を描き出したルノワールとは対照的に、セザンヌは一定の距離感を保ちながら家族を描いた。妻オルタンスをモデルにした《セザンヌ夫人の肖像》は、濃い青の洋服が明るい背景に浮かび上がるが、主題である彼女の表情はどこかぼやけて見え、感情は読み取れない。愛情を注いだ息子ポールの肖像画《画家の息子の肖像》も、子供らしい丸みが抑制された色彩で描かれている。
本展ではルノワールにはピンク、セザンヌには青のイメージカラーが与えられており、続く展示室ではそれぞれの作品を色分けされた展示パネルに配置。ルノワールの明るく肉感的な人物像と、セザンヌの《3人の浴女》のように裸体の細かな描写よりも形態や色彩の構成が重視された作品との対比が際立つ。
2階に降りて最初の展示室ではふたりの共通項である画商ポール・ギヨームにスポットを当てる。ギヨームの時代における芸術の多様な潮流を紹介するものとして、三菱一号館美術館が所蔵するオディロン・ルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》も展示されている。
第4章では再び静物画に焦点を当てる。ふたりは静物画において様々な手法を試みており、ルノワールはいきいきとした優雅な花のモチーフを肖像画の一部としても描いた。陶磁器の絵付け職人を務めていたという経験を活かした、花瓶の質感表現にも注目だ。苺やリンゴ、梨など果物も、その柔らかな質感まで伝わるように描かれている。
対してセザンヌは形態や色彩の相互作用を重視し、意図的に不安定な構図をとるなど、様々な表現を試みた。セザンヌは「りんごのひとつで私はパリを驚かせたい」との言葉も残しているが、ここではそんなセザンヌの影響を受けたというルノワールの作品《りんごと梨》も紹介されている。
最後の章では、セザンヌとルノワールが後世に与えた影響を考察。ピカソの裸婦像とルノワールの裸婦像、ピカソの静物画とセザンヌの静物画をそれぞれ並べ、20世紀の画家たちがいかにふたりを手本として自らの表現を切り拓いていったのかを探る。
また本展では、セザンヌとルノワールを結ぶ存在でもあるギヨームが暮らしていたパリのアパルトマンを紹介する映像作品も上映。本展の出品作をはじめ、マティスやモディリアーニといった作家の作品が、当時のパリでどのように室内に飾られていたのかを垣間見ることができる。
オランジェリー美術館のベルナルディ館長は、「作品の対話を通してふたりの巨匠を再発見していただければ」と語る。意外にも、同館がルノワールとセザンヌに同時に焦点を当てた展覧会は本展が初めて。なじみのある作品にも新たな視点をもたらしてくれるだろう。